この記事を見た方へ。まずは、何も考えず「ウブドのモンキー フォレストに住むオナガザル、バリ島」で画像検索してみましょう。胸に迫るような写真が次々と目に飛び込んできます。
苔むした石の遺跡。
精緻な彫刻が刻まれた、サルの石像。
そしてその傍らで、のんびりと毛づくろいをする本物のサルたち。
石の猿と生きた猿が、まるで示し合わせたように同じ空間に居合わせている——
その光景はどこかユーモラスで、同時に神秘的です。
この森に流れる独特の空気は、偶然の産物ではありません。
バリ島では、猿はただの動物ではなく、神話と深く結びついた聖なる生きものとして、長い時間をかけて大切にされてきた歴史があるのです。
バリ舞踊「ケチャ」を鑑賞した方なら、炎と男声コーラスの中で躍動する「白い猿」の姿が、印象に残っているかもしれません。
あの猿こそが、インド神話の英雄・ハヌマーン。
そして実は、あの孫悟空のルーツとも語られる神様でもあります。
今回は、ケチャの白い猿の正体から、バリ島で猿が神聖とされる理由、モンキーフォレストの実際の猿たちまで、神話と現実が交差する不思議な物語をひもといていきましょう。
目次
- 神秘の街ウブドと、猿たちの聖なる森・モンキーフォレスト
- バリ島でサルが神聖とされるわけ——ラーマーヤナとバリヒンドゥーの世界観
- そもそも「ケチャ」ってどんな踊り?
- ケチャの主役・猿神ハヌマーンとは何者か?
- 実は孫悟空のルーツ? ハヌマーンと西遊記の知られざる繋がり
- どうして遺跡の中に猿がいるのか
- 観光で訪れたら、猿と仲良くできる?

神秘の街ウブドと、猿たちの聖なる森・モンキーフォレスト
バリ島の中部に位置するウブドは、海のリゾートとはまた異なる顔を持つ街です。
緑深い棚田、伝統工芸の職人たち、そして毎夜どこかで奉納される舞踊。
「神々の島」バリのなかでも、とりわけ精神性と芸術が色濃く息づく場所として知られています。
モンキーフォレストってどんな場所?
ウブド中心部から南へ約1km、歩けば10〜15分ほどのところに
「マンダラ・スチ・ウェナラ・ワナ」——通称モンキーフォレストがあります。
正式名称は現地語で「聖なる猿の森」を意味し、
12.5ヘクタールにも及ぶ熱帯の森の中に、600匹を超えるオナガザル(クラ・バリ)たちが暮らしています。
森の中に広がる世界
園内に足を踏み入れると、こんな光景が広がっています。
- 14世紀ごろに建てられたと伝わる、バリヒンドゥーの寺院が3つ
- 精霊が宿ると信じられてきた、樹齢100年以上のガジュマルの大木
- 細かな文様が刻まれたサルの石像(あちこちに佇んでいます)
- そのすぐそばを、ひょいと横切っていく本物の猿たち
石の猿と生きた猿が同じ空間に共存するこの場所は、
観光スポットでありながら、れっきとした信仰の聖地でもあります。
📍 アクセス:ウブド王宮から徒歩15分ほど、または配車アプリ(Grab など)で5〜10分。デンパサール国際空港からは車で約1時間半。

バリ島でサルが神聖とされるわけ——ラーマーヤナとバリヒンドゥーの世界観
バリ島を旅すると、猿たちがいかに大切に扱われているかに気づきます。
モンキーフォレストの猿たちが保護区でのびのびと暮らし、寺院の境内を自由に行き来できるのは、単なる観光資源としての配慮ではありません。
その背景には、バリヒンドゥー教の信仰と神話が深く関わっています。
ラーマーヤナってどんな物語?
バリ島には、古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」が、ヒンドゥー教とともに伝わりました。
この物語の中で、猿は正義の使者として主人公を助ける重要な役割を担っています。
ざっくりとしたあらすじはこんな感じです。
- ラーマ王子の美しい妃シータが、魔王ラーヴァナに連れ去られてしまう
- シータを救い出すため、猿の軍団を率いる猿神ハヌマーンがラーマに力を貸す
- 知恵と勇気と献身を発揮し、ともに幾多の試練を乗り越えていく
猿はこの物語の中で「善の側に立つ、賢く忠実な存在」として描かれています。
バリの人々にとって猿とはそのような生きもの——ハヌマーンの化身、あるいは眷属として神聖視されてきたのです。
「なぜバリ島の猿は神様なの?」という問いへの答え
バリ島の猿が傍若無人に振る舞っても怒られない光景は、
こうした神話の記憶が育んだ、長い信仰の歴史によるものなのです。

そもそも「ケチャ」ってどんな踊り?
バリ島を代表する伝統芸能のひとつ、ケチャ(ケチャックダンス)。
名前は聞いたことがあっても、「実際どんなものか?」をよく知らない方も多いかもしれません。
ケチャの基本情報
- 別名:「モンキーダンス」とも呼ばれることがあります
- 演者:上半身裸に腰布(サロン)を巻いた男性たちが中心。50〜100人、大きなイベントでは1,000人以上で行うことも
- 特徴:楽器を一切使わない。男性たちの「チャッ、チャッ、チャッ」という声だけでリズムを刻む
- テーマ:インドの叙事詩「ラーマーヤナ」の物語を舞踏劇として演じる
- 上演時間:約1時間
あの掛け声の正体
「チャッ、チャッ、チャッ」という掛け声が何十人、何百人と重なり合うと、
まるで猿の鳴き声のように聞こえてきます。
「モンキーダンス」と呼ばれるのは、この声の響きが由来のひとつ、ともいわれています。
ケチャはいつ生まれたの?
現在のスタイルになったのは、1930年代のこと。
バリ人舞踊家のワヤン・リンバクと、ドイツ人画家のヴァルター・シュピースが中心となって形作りました。
バリに古くから伝わる呪術的な憑依舞踊「サンヒャン」の男声合唱を土台に、
ラーマーヤナの物語を劇として組み込んだのがはじまりです。
もともとは疫病を追い払うための儀式舞踏でしたが、
1950〜60年代ごろから観光客向けの演目として広まり、
今ではバリ島を代表する世界的に有名な伝統芸能となりました。
どこで見られる?
特に有名なのは次の2か所です。
- ウルワツ寺院:断崖絶壁の上で、インド洋に沈む夕日を背景に鑑賞できる。迫力・ロケーションともに最高峰
- ウブド市内:毎晩のように各所で開催。よりローカルな雰囲気で、伝統的なスタイルを楽しめる
バリ舞踊は2015年にユネスコ世界遺産にも登録されています。

ケチャの主役・猿神ハヌマーンとは何者か?
ケチャダンスをご覧になったことがある方は、炎の前でひときわ存在感を放つ
「白い衣をまとった猿」の役者を覚えているでしょうか。
あの役こそ、猿神ハヌマーン(Hanuman)です。
ハヌマーンのプロフィール
- 出自:風神ヴァーユと天女アンジャナーの子。「ヴァーユプトラ(風の息子)」とも呼ばれる
- 名前の意味:サンスクリット語で「顎骨を持つ者」
- 見た目:大柄な体、赤い顔、長い尻尾(この特徴が孫悟空との比較でもよく語られます)
- 能力:体の大きさや姿を自在に変える、空を自由に飛ぶ
ハヌマーンの活躍エピソード
ラーマーヤナの物語の中で、ハヌマーンはただの戦士ではありません。
- 海を越えて、シータ姫が囚われていることを確かめる
- ラーマの指輪を届けて、姫に「必ず助けに来る」と希望を伝える
- 敵の城に単身乗り込み、火をつけて逃げ帰る
- 仲間が瀕死の重傷を負ったとき、山ごと薬草を持ち帰って救う
知略・勇気・献身、すべてを兼ね備えた英雄として描かれています。
インド神話の中でも特に愛される存在のひとりです。
ケチャの舞台でのハヌマーン
ケチャダンスでは、炎をはねのけ、宙を舞い、
客席に笑いを誘う愛嬌のある場面も見せるハヌマーン。
インドの叙事詩が、バリの土壌で独自の芸術として花開いた姿が、まさにケチャなのです。
実は孫悟空のルーツ? ハヌマーンと西遊記の知られざる繋がり
「孫悟空のモデルはハヌマーンではないか」——
この説は、神話研究者や中国文学の世界で長年議論されてきた、なかなか興味深い話です。
孫悟空とハヌマーン、7つの共通点
- 体の色:ハヌマーンは黄金の肌・真紅の顔。孫悟空も同様の姿で絵巻に描かれることが多い
- 長い尻尾:両者ともトレードマーク
- 空を飛ぶ:ハヌマーンは風神の子として空を駆ける。孫悟空も自在に空を飛ぶ
- 変身能力:ハヌマーンは体を自在に変えられる。孫悟空は72通りの変化が得意
- 聖なる旅の護衛役:ハヌマーンはラーマを守護。孫悟空は三蔵法師の旅を支える
- 人知を超えた力:どちらも普通では考えられない超常的な能力を持つ
- いたずら好きの一面:英雄でありながら、どこかお茶目でユーモラスな面も
なぜ影響を受けた可能性があるの?
歴史的な事実として、7世紀に玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)がインドへ仏典を求めて旅したことが記録されています。
(三蔵法師のモデルとなった、実在の僧侶です。)
その旅の過程でインド文化やラーマーヤナの物語が中国に持ち込まれ、
西遊記の物語形成に影響を与えた可能性は十分に考えられるのです。
断言はできないけれど……
孫悟空の起源については、中国独自の神話(「無支祁」という水神など)を指摘する説もあり、
「ハヌマーンが直接のモデル」とは言い切れません。
ですが——
モンキーフォレストの古い石像を眺めながら、
「あの孫悟空のルーツがここにあるかもしれない」と想像してみるのは、
なかなかロマンのある話ではないでしょうか。

どうして遺跡の中に猿がいるのか
モンキーフォレストを訪れた人がしばしば驚くのは、
古い寺院の石段や欄干に猿たちが当たり前のように腰かけ、参道を自由に歩き回っている光景です。
「なぜ遺跡の中に野生動物がいるの?」——これは至極自然な疑問です。
答えは「最初から猿の森だったから」
モンキーフォレストの寺院は14世紀ごろ、
「この森の中に寺院を建てよ」という神の啓示のもとに建立されたと伝わっています。
つまり、もともと「猿のいる聖なる森」に寺院が建てられたのであって、
後から猿が侵入してきたわけではないのです。
バリヒンドゥーの世界観では……
バリヒンドゥー教の考え方では、森は神々や精霊が宿る場所です。
そこに生きる植物も動物も、すべてが聖域の一部。
- ガジュマルの大木:古くから精霊の住まいとして崇められてきた
- 猿:ハヌマーンの化身として、神聖な場所にふさわしい住人とみなされてきた
「死者の寺」の話
森の奥には「死者の寺」と呼ばれるプラ・ダラム・アグン寺院もあります。
正式なお葬式(火葬)が行われるまでの間、遺体を一時的に安置する墓地がこの森の中にある、というのです。
夜になるとだれも近づこうとしないほど、不思議な気配が漂うとも地元では語られています。
観光客には少し怖い話かもしれませんが、これもバリの信仰と日常が地続きであることの証です。
石の猿の像と生きた猿が同じ場所に存在するモンキーフォレストは、
バリの人々にとって信仰と自然が分かちがたく結びついた聖地なのです。

観光で訪れたら、猿と仲良くできる?
「バリ島に行ったら猿と触れ合いたい!」と楽しみにしている方も多いことでしょう。
実際、モンキーフォレストの猿たちは人間に慣れており、餌を持っていれば堂々と近寄ってきます。
触れ合いのポイント
- 入り口付近でバナナなどの餌を販売しています
- 餌を手に持てば猿が寄ってくる可能性あり
- 園内にスタッフが常駐しており、比較的穏やかな環境です
⚠️ これだけは気をつけて
① 食べ物やキラキラしたものは見えないようにしまう
ペットボトル、メガネ、バッグのストラップなど——
猿が興味を持ちそうなものは、思いがけず奪われることがあります。
慌てると転倒の危険もあるので、荷物の管理はしっかりと。
② 目をじっと見つめない
猿にとって、じっと目を合わせる行為は威嚇のサインに映ることがあります。
カメラを近づけすぎるのも注意が必要です。
③ 万が一噛まれたら、すぐにスタッフへ
園内に医務室があります。
狂犬病の感染リスクがあるため、すみやかに申し出てください。
念のため、旅行前に狂犬病ワクチンを接種しておく旅行者もいます。
それでもここに来てほしい理由(行った事はないけど。)
古い石の遺跡の上で、子ザルが毛づくろいをしている姿——
それだけで十分に、心が動くものがあります。
バリの猿たちは、神の使いとして大切にされてきた歴史を持ちながら、
今日も観光客の財布やメガネを狙う、愛すべきいたずら者たちでもあります。
そのギャップも含めて、モンキーフォレストはなんとも味わい深い場所なのでした。

※独学のため記事内容は誤解や間違いを含む可能性をご了承ください。
*このページは作品制作のための調べ物を元に構成しています。投稿に興味が湧いたら、ぜひ作品もチェック。
主な参考文献・参考サイト
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ハヌマーン(Wikipedia 日本語版)
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/ハヌマーン
運営:ウィキメディア財団(Wikimedia Foundation)/多言語百科事典 -
孫悟空(Wikipedia 日本語版)
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/孫悟空
運営:ウィキメディア財団(Wikimedia Foundation) -
ケチャ(Wikipedia 日本語版)
URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/ケチャ
運営:ウィキメディア財団(Wikimedia Foundation) -
「バリ島のケチャックダンスとは?ケチャを見れる場所や見どころを解説」
URL:https://magazine.baliiku.com/kecakdance/
運営:バリイクマガジン(バリ島在住者による現地情報メディア) -
「ケチャダンスとは?バリ島の伝統的ダンスの歴史や特徴を紹介!」
URL:https://world-note.com/kecak/
運営:世界雑学ノート(世界の文化・民族・歴史を紹介する個人運営メディア) -
「内容を知れば100倍楽しめる【ケチャックダンス】バリ島の伝統舞踊」
URL:https://warau-bali.com/kecakdance/
運営:笑うバリ島(バリ島在住者による現地情報ブログ) -
「バリ島で味わうケチャックダンス、観光客をひきつけてやまないその魅力とは?」
URL:https://hotels.his-j.com/ct/tripiteasy/post-14136/
運営:HIS(エイチ・アイ・エス)トリップイージー編集部 -
「ケチャックダンスの意味と哲学的な動きの魅力に迫る」
URL:https://www.indonesia.travel/jp/ja/travel-ideas/culture/tari-kecak/
運営:インドネシア観光省 公式観光サイト(indonesia.travel) -
「孫悟空のモデルとなった神ハヌマーンの能力や強さ、エピソードを解説」
URL:https://www.gods-of-the.world/indian-myth/hanuman/
運営:ヤオヨロズ(世界の神話・伝承を紹介するWEBメディア) -
「バリ島のウブド・モンキーフォレストとは?楽しみ方、行き方を解説」
URL:https://magazine.baliiku.com/monkyforest/
運営:バリイクマガジン(バリ島在住者による現地情報メディア) -
書籍:ヴァールミーキ著『ラーマーヤナ』
岩波文庫ほか各社より邦訳版あり。原典はサンスクリット語。古代インドの叙事詩。